「哀愁の大和路・その2〜飛鳥へ」
どもども。
前回は東大寺へ行ったときのことを書きましたが、今回は一番のメインである飛鳥村の
ことについて書きましょう。
「何となく奈良に行ってみたい」ということで連休を利用して奈良県まで行ってきたんですが、やっぱり
飛鳥村を抜きにして奈良県はかたれないでしょう。明日香村は西暦400年頃の「飛鳥時代」に
建立されたとおぼしき遺跡が数多く存在していることで有名ですが、その中でも亀、猿、などの意味不明の
石造群、高松塚や石舞台に見られるような古墳群などがあちらこちらに点在しているのはみなさんご存知でしょう。
誰が何のために作成したのか今もってわかっていないそうですが、そんなの当たり前田のクラッカー。
わかれば苦労しませんぜ。まあ、前回を見ていただいたらわかる通りに、僕は手塚治虫の漫画「三目がとおる」を
読んでいたので、ある程度の知識がありましたが、未だに事実がはっきりしないままなんですね。
さて、東大寺を後にした僕と兄貴(僕の兄ですよ)とCAT−2はいざ明日香を目指してまっすぐ突き進んだ
わけですが、途中に喉がからからになってコンビニに寄ってお茶を買い、車にもガソリンを入れました。
「明日香って、かなり田舎にあったんじゃあないかな」と思いながら、途中でお茶とか買えなくなったら嫌なので、
買っておいたんですが、心配には及ばず、しっかりと売店等が並んでおりました。
途中の道で、天理教の本部がある所を通りましたが、天理教本部ときくと僕はラーメンを思い出してしまいます。
そういえば昨年の12月30日の深夜に友人達とわざわざラーメンを食べに行ったのを思い出しますね。
まあ、さすが天理教の本部のあるところだけに、天理教の建物ばっか。その規模の大きさといい、数といいそれは
すごいものですね。1つ気になったのは、若い人たちが「天理教はっぴ」を着て町中を行き来しているのを
沢山見かけたんですが、あれは何をやっておられるんでしょうかね。
さて、県道?号線をどんどん進んでいくと、これまたどんどん田舎へ入っていくではないですか。さすがに
道に不慣れな部分もあるためか、途中で地図から外れてしまったようで、一応標識には「明日香」と書かれている
ものの、本当に何処を走っているのか分からないわけで、CAT−2も知らないし、家の兄も知らないので、とにかく
地図でいまどこにいるのかを知ろうとやっきになっていたら、何とか「石舞台」という標識が現れたんです。
さすがにほっとしましたね。
「石舞台」へ
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