コンシューマの革命児 PCエンジンの功罪
任天堂の「ファミリーコンピュータ」から始まり、現在、ソニーの「プレイステーション」・セガの「セガサターン」・任天堂の「ニンテンドウ64」の三派に分かれた、コンシューマ機。この歴史を語る上で、忘れてはならない存在がある。NECホームエレクトロニクスの「PCエンジン」シリーズである。
「PCエンジン」は、まだファミコンが全盛であった1987年に発売され、大きな話題を呼んだ。事実上、任天堂の独占状態にあったコンシューマ機業界に、日本コンピュータ業界の大御所NECが切り込んだ、ということだけでも衝撃であったが、ファミコンと同程度のCPU(8ビット)をつみながら、ファミコンに対して圧倒的に優れたパフォーマンスを見せたことは、当時のゲーム少年たちを大いに驚かせた。
その衝撃的なデビューから二年後、1989年に、PCエンジンは真の姿をあらわす。大容量のCD−ROMを記録媒体として使用した「CD−ROM2」の登場である。PCエンジンの外部出入力端子を利用したオプションパーツである「CD−ROM2」は、当時「世界でもっとも売れたCD−ROMドライブ」という広告文句で一躍有名になった。
そしてその後、1990年にはAV出力に対応した「PCエンジンコアグラフイックス」が、1991年にはメモリを拡大した「スーパーCD−ROM2」、そしてCD−ROMドライブ一体型の「PCエンジンDUO」が発売され、美しいビジュアルシーンを使った多くのゲームが開発された。
しかし1994年、プレイステーション・セガサターン、いわゆる「次世代機」の登場の前に、PCエンジンは対抗するすべを持たなかった。PCエンジンの後継機とされた「PC−FX」は、本体と同時発売のソフトなし、という破滅的状況の中、PCエンジン、そしてNECホームエレクトロニクスは事実上、前線から撤退したのである。
しかし、PCエンジンが現在のゲーム業界に及ぼした影響は大きい。
はじめに、ハード面から検証してみよう。
まず、その記憶媒体の特殊性があげられる。PCエンジンは、記録媒体としてテレホンカード大のROMカード、そしてCD−ROMを使用した。コンシューマ機が大容量のCD−ROMを採用したのは、このPCエンジンが最初である。当時は、富士通のFM−TOWNSなどしか一般向けのCD−ROMシステムはなく、この「CD−ROM2」の登場は衝撃的であった。LSIをつかったカートリッジではなく、純粋にデータのみを収めたCD−ROMをゲームに使うためのさまざまな努力は、数多く発売されたソフトが、一本一本かくじつに内容を充実させていった事に顕著である。
PCエンジンが切り開いたこの基礎があったからこそ、プレイステーション・セガサターンの両者がはじめからCD−ROMを採用できたのである。この貢献度は大きいと言えるだろう。
また、PCエンジンは、ゲームデータのバックアップ方法として、ソフト外RAMを採用した。拡張端子に接続するバッテリーバックアップユニット「天の声」は、カートリッジ式ソフトの内蔵式バックアップとは比べ物にならない要領をもつ。それにより「天の声」は、複数のソフトのデータをひとつのユニットに記録することができたのである。また、その後発売されたオプション、「天の声BANK」では、ROMカードに内蔵されたRAMに、バックアップユニットのデータを四台分記録することができ、専用のユーティリティ画面でその管理が簡単に行えた。
この「複数のゲームデータをひとつのユニットで管理する」方式も、「次世代機」では標準化している。とくに、プレイステーションの「メモリーカード」は、この影響を色濃く受けていると言っていいだろう。
これだけでなく、PCエンジンは多人数同時プレイを可能にする「マルチタップ」を最初に導入した機種である。とくに、『ボンバーマン』(1990 ハドソン)は、これがなくしてヒットしなかったソフトであろう。こうした、「パーティゲームとしてのTVゲーム」という新ジャンルを切り開いた事も特筆に価する。
だが、あらゆる意味で完璧なハードであったか、というとそれは正しくない。
PCエンジンの開発には、「コア構想」というコンセプトがあった。これは、PCエンジン本体を軸として、様々な周辺機器によってあらゆる娯楽に対応させようというものである。事実、この構想にそってカラオケセットとグラフィックツールが発売されたが、ヒットはしなかった。
また、頻繁にモデルチェンジした事も、決して誉めるべきことではないだろう。「PCエンジン」の名を冠するハードは、「PCエンジン」「PCエンジンコアグラフィックス」「PCエンジンコアグラフィックスU」「PCエンジンスーパーグラフィックス」「PCエンジンDUO」「PCエンジンDUO−R」「PCエンジンDUO−RX」「PCエンジンシャトル」「PCエンジンGT」「PCエンジンRT」と、実に10種類に及ぶ。新機種を買ったとたんに新しい機種が発売される、という状況が末期には起こった。ただ、ソフトの互換性はあり、たんに表面のデザインを変えただけというものである。
この方向性も、残念ながら「次世代機」に受け継がれてしまっている。セガサターンは、「サターンベーシック」「セガサターンインターネット」と、さいきんになって周辺機器を数多く発売し始めた。またプレイステーションは、価格を19800円まで下げた後もパッケージやコードの種類・レンズの位置を変えただけのモデルチェンジを頻繁に行い、市場を広げようとしている。
両方とも、「本業」であるソフトの開発を忘れた行為として、誉めるべきことではない。
では、ソフトの内容面ではどうだろうか。
これは、「ヴィジュアルという概念をゲームに初めて取り入れた」という一言に尽きるであろう。現在では、ほとんどのゲームに入れられている「オープニングデモ」は、CD−ROMの大容量をもってはじめて為し得たものである。それにともない、「声優のゲーム参加」という現象も始まった。現在の声優人気を考える際に、忘れてはならない事だ。特にハドソンが発売したタイトルはその基礎となったものが多く、『イース』シリーズ(1990〜1994 ハドソン)や、『天外魔境』シリーズ(1989〜 ハドソン) 、そして『銀河お嬢様伝説ユナ』シリーズ(1992〜 ハドソン)などは、数多くのファンを獲得した。特に『ユナ』のヒットは、その後セガサターンの『サクラ大戦』(1996 セガ)の大ヒットというかたちで、確実にひとつの流れ、「声優主体のゲーム」という流れを確立させたと言ってよい。
しかし、それにともなって、グラフィックだけがウリのゲームや、声優だけがウリのゲームが増えてしまった事は悲しむべきことだろう。ゲームの本質が何かという議論はさておき、デモや音声にのみ力を入れ、本編がおそまつ、というゲームが登場してきてしまったということは現実としてある。中には、ジャケットのアニメ絵と本編の映像がまったく違う、というものもあった。このジャンルも、PCエンジンによって開かれたものであると言わざるを得ないだろう。
セガサターン・プレイステーションの両機も、現在同様の傾向に陥っている。とくに、最近発売された「ラジオ番組の編集をシミュレートする」ゲームなどは、その顕著な例だと言えるだろう。今後いっそう、ゲームにおいてこの流れは加速するはずだ。。
このように、色々と考えてみたが、PCエンジンが意外なほど「次世代」を先取りしていたことが分かっていただけたと思う。ただ惜しむらくは、現状でPCエンジンは見るべくもない状況に陥ってしまっているのである。新作ソフトは出ず、ハードも進化せず。ファミコンショップは中古ソフトを大量に抱えてしまっている。そしてNECは、3Dアクセラレータに「PC3Dエンジン」なる名をつけ、パソコンを次のターゲットにした。たまに、今のゲームに飽きたゲーマーが、疲れたアタマを休めるためにやる程度である。
ただ、PCエンジンが、コンシューマ機の歴史に刻まれる事には、誰も文句はないはずだ。
「コンシューマの革命児」よ、静かに眠れ……。さらば、PCエンジン。